90歳のおばあちゃんの骨折と、私の日常

前にも書いたことある、私の母方のおばあちゃん。

コロナコロナコロナ、毎日コロナです。 私の仕事は新型コロナウイルスの影響で激減していますが、幸い雇用はしっかり守られています。...

今年90歳になった。90歳は卒寿というそうだ。

頭がしっかりしている。

デイサービスに行くと、「もう早く死にたい」みたいな愚痴を言う同世代のおじいさんおばあさんを叱咤激励して帰ってくるらしい。

「あんたそんな弱気でどうするの。しっかりしないかん!」と言うおばあちゃんの姿が、私にはすぐ想像できる。

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最後に会ったのは今年の夏。

新婚の私と夫に、夫婦仲良くやって欲しいと言った。

そして私の母を含め、おばあちゃんの子供たちも今後年老いていくから、どうか気を配ってやって欲しいと。

遺言のようなことを言っていた。

その時はかろうじて立って歩くのがやっと、な状況だったおばあちゃん。

私たちが帰ろうとすると、頑張って立ち上がって歩きながら玄関まで見送ってくれて、手を振ってくれた。

私は笑顔で手を振り返した後、前を向いて号泣した。

あまりにもおばあちゃんが老いていて。満身創痍なのが有り余るほど分かったから。

おばあちゃんはもう、精神力だけでなんとか生きているんだと思った。

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そのおばあちゃんが、つい最近背骨を圧迫骨折したらしい。

おばあちゃんと同居している叔父たちは、今入院手続きとかで大変だと思う。病状や詳細は、母から聞く程度で私から直接は聞けていない。

90歳の骨は、果たしてくっつくのだろうか。

手や足ならまだしも、よりにもよって腰なんて。

このまま完全に寝たきりになってしまったら、それこそ体力だってすぐ落ちてしまう。

おばあちゃんが毎年楽しみにしていた来年のお花見は?

私はまだ、おばあちゃんにひ孫の顔を見せてあげられていない。

90歳の満身創痍のおばあちゃんに、もっと生きて欲しいと願うのは私のエゴだろうか。

今どんな辛い思い出いるのか想像しただけで、またすぐに涙が出てくるのだ。

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それなのに、こんなにおばあちゃんの骨折と老いに心を痛めつつも、私はもうすぐなくなりそうな市指定のゴミ袋をドラックストアで買い、その瞬間にはおばあちゃんのことを忘れていたことを思い出す。

テレビでバラエティを見ながら、ふとした瞬間におばあちゃんのことを思い出す。同時についさっきまでおばあちゃんのことを忘れてテレビを見ながら笑っていた自分に気付く。

おばあちゃんの骨折と老いに心を痛めつつ、涙を流しつつも、私は元気に自分の日常を生きている。

ひどい孫なのかな。

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